Patti Smith


Hipsters file 7
パティ・スミス
ブコウスキーブコウスキーは「ビート」と呼ばれることを嫌がり、自ら「おれはパンクだ」と宣言したが、彼がそのときイメージした「パンク」は誰だっただろう。いまや「パンク」という言葉からイメージするものは当時よりもさらに多様化したが、まず真っ先に思い浮かぶのは、今も昔もオリジナル・パンクスであるセックス・ピストルズやクラッシュなど、ロンドン発のものだろう。
彼らはイギリス国内のみならず世界的な商業的成功を収め、良くも悪くもパンクをファッションに仕立て上げる立役者となった。しかしそれらは、もともと海の向こうのニューヨークでガレージ・ロックの進化型としてあらわれた、ニューヨーク・パンクと呼ばれる音楽がルーツとなって生まれている。そしてパティ・スミスはそのニューヨーク・パンクの、まさに代表格にあたるミュージシャンの一人である。
パティ・スミスは1946年生まれ、シカゴ出身のミュージシャンであり、詩人でもある。若いころからランボーやボブ・ディランなどのアーティストに憧れを抱き、ニューヨークに移住。写真家ロバート・メイプルソープとの運命的な出会いにより、ディランやウォーホルなど数多くの文化人が出入りしたチェルシー・ホテルで同棲するようになり、自身もアーティストとして本格的に活動を開始する。1972年にレニー・ケイ、リチャード・ソールとともにパティ・スミス・グループを結成、CBGBなどのライヴ・ハウスを拠点に活動を開始。そして1975年、元ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルのプロデュースのもと『ホーセズ』でデビュー。その文学的な歌詞とヴォーカルの圧倒的な存在感で、「ニューヨーク・パンクの女王」「パンク・ロックの女ランボー」など数々の異名をとった。元MC5のフレッド・スミスとの結婚生活のため一時期は活動を休止していたが、90年代後半からは再びコンスタントに作品を発表し、来日も数多く果たしている。
パティの人気を決定的なものにした三作目『イースター』に、「ロックンロール・ニガー」という曲がある。
"Outside of society, they're waitin' for me.
Outside of society, if you're looking,
that's where you'll find me.
Outside of society, they're waitin' for me.
Outside of society."
(Patti Smith / Rock N Roll Nigger)
<"Outside of society"=「社会の外」>に自分も仲間たちもいる、ということ。社会に不信感や不安感を抱き、反発する精神のことをパティは静かに叫ぶ。<"Rock N Roll Nigger"=「ロックンロールの黒ん坊」>というタイトルには、その声がたとえマイノリティであっても、ロックミュージックという手段を通じて広げていくことができるという思いが込められていると言えるだろう。「路上」からの反発。これこそパンクの精神だ。
ブコウスキーが「おれはパンクだ」という時に思い浮かべていたのが何だったのかはブコウスキー本人にしかわからないように、いまあなたが「パンク」と言って真っ先にイメージするのも、パティ・スミスの言葉ではないかもしれない。それでも今、この東京の「社会の外」から叫ぼうとするとき、その先人にはギンズバーグがいてディランがいてそしてパティがいることを、忘れてはならない。
文:内沼晋太郎


