3月5日、オレはショッピング客で溢れかえるロスの目抜き通りメルローズ・アヴェニューから少し入った裏通りを目指していた。
MC5のギタリスト、ウェイン・クレイマーとインタヴューすることになっているのだ。1階にクリーニング店が入った何の変哲もないビルの2階に、ウェインと奥さんのマーガレットが運営するマッスルトーン・レコーズのオフィスがあった。殆ど個人経営の小さなオフィスだが、奥には最新のデジタル機器に囲まれたレコーディング・スタジオがあり、ウェインはここで間もなく公開になる映画のサントラの制作をしている所だった。

ウェイン・クレイマーは今年58歳になり、かつてのわさわさのロング・ヘアーはスキンヘッド一歩手前に短く刈り込まれている。久々の再会ににこやかに握手を交わしてくれたが、インタヴューが始まると彼の眼光は鋭く光り、アメリカの体制に対する辛辣な批判を語り始めた。
MC5を知っているだろうか?数年前、原宿のストリートを行きかう若い女の子たちがMC5と大きくロゴの入ったティーシャツやタンクトップを着こんでいるのを見て驚いた記憶がある。興味があったので喫茶店で横に座ったMC5ティーシャツの女子に尋ねたことがある。するとそれは日本の某有名ブランドの製品で、彼女らはMC5のロゴが意味するものは知らずに、ただファッションとしてサッカーや野球の背番号入りのシャツを着る感覚で着ているとのことだった。その時、あのチェ・ゲバラのティーシャツと同じく、かつての反抗のイコンはファッションの記号となって消費されていることを知った。
60、70年代のロック・レヴォルーションの時代を知る者にとって、MC5はあのヴェルヴェット・アンダーグラウンドやドアーズ、イギー・ポップのストゥージスと並ぶ過激なロック・バンドとして、ある種カリスマ的な評価を集めてきた。MC5は1969年にエレクトラからデヴューし3枚のオリジナル・アルバムを残して72年末に解散しているので、実際には4年足らずの活動歴しかない。だが彼らのロックが放射していたすさまじいまでのエナジーと、社会や政治の矛盾に鋭く切り込んだ姿勢は、後の多ジャンルに及ぶ新世代に大きな影響力を今も与え続けている。例えばMC5の曲をレコーディングしているミュージシャンを挙げてみれば、ラップのアフリカ・バンバータ、ヘヴィ・メタルのブルー・オイスター・カルト、グラム・ロックのマイケル・モンロー(ハノイ・ロックス)、パンク・ロックのダムド、オルタナティヴ・ロックのレイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、プライマル・スクリーム、ザ・プレジデント・オブ・ユナイテッド・ステーツ・オブ・アメリカ、シンガー&ソングライターのジェフ・バックリー・・・と実に多岐に渡っている。

地元の工業都市デトロイトでストーンズやジェイムス・ブラウン等の黒っぽサウンドを演奏していたMC5は、67年ジャズ評論家でホワイト・パンサーというブラック・パンサーと連帯した白人政治過激派集団を組織していたジョン・シンクレアと出会い、彼のマネジメントの下メジャーのエレクトラ・レコードと契約し、69年にライヴ盤の『キック・アウト・ザ・ジャムス』を発表するも、ヴォーカルのロブ・タイナーが叫んでいた「Mother Fucker」という4文字言葉故に大手レコード店のハドゾンズ等から軒並み販売拒否に会ってしまう。エレクトラは急遽「Brother&Sisters」と言葉を替えた改訂盤をリリースするも、それを不服としたMC5側は、「FUCK HUDSON‘S」と書いたステッカーをレコード店に貼り歩き、結局エレクトラから解雇されてしまうのである。「人々を奴隷にする全ての物事に対してののしり、ぶち壊すのだ。MC5こそがその力を持っている。MC5は革命であり、そのための全ての力を持っている・・・大騒動を起こせ、マザーファッカーズ!MC5と共に生き残れ!」と書かれたシンクレアの檄文ライナーは、エレクトラからの改訂盤からは見事に削除されてしまったのである。
MC5はシンクレアの主催する様々な政治集会で演奏していた。68年の流血のシカゴ民衆党大会ではステージの上でアメリカ国旗を燃やし、マザーファッカーを連呼した。当時のことをウェインはこう語る。
「警察当局からは絶えず嫌がらせを受けたし、何度も逮捕された。マザーファッカーという言葉のある曲は演奏することはできんとコンサート会場にはいつも警察のヤツラが張りこんでいた。これ以上こいつらをのさばらせてはおかん、というわけでヤツラはシンクレアを(わずか数本のマリワナ所持で)逮捕したのさ。彼が投獄された時はMC5の背骨が折られたという感じだったよ」
その言葉通りシンクレアは69年7月たった2本のマリワナ所持で9年半の実刑判決で投獄された。だが、あのジョン・レノンがシンクレアを高く評価し、1971年12月10日にデトロイトのクライスラー・アリーナで「John Sinclair Freedom Rally」と題した彼の釈放を訴えた大コンサートを開き、ジョン&ヨーコの他、スティービー・ワンダー、ボブ・シーガー、アーチー・シェップ、エド・サンダース(ファッグス)、ジェリー・ルービン・・・ら多くの賛同者が出演し、結果その3日後に彼は釈放されたのである。
シンクレアと別れたMC5はロンドンのジャーナリストで後にSF作家等でも活躍するミック・ファレンが主催した70年7月のファンシティ・フェスティヴァルに出演し、ヨーロッパの聴衆から熱心に支持されるも、メンバー間の金銭やドラッグ問題のため3枚目のアルバム『ハイ・タイム』を最後に72年末解散を遂げる。そして彼らの名は伝説となり、多くのライヴ盤やリハーサル音源が海賊盤となって出回ることとなる。
そんなMC5が再び我々の前に姿を現したのは2003年のことだ。既にヴォーカルのロブ・タイナーとサイド・ギターのフレッド・ソニック・スミスは病死しているが、残ったウェイン・クレイマーとベースのマイケル・ディヴィス、ドラムのデニス・トンプソンの3人のオリジナル・メンバーは、そのつどゲスト・ヴォーカルを入れることで、DKT−MC5というMC5の楽曲と精神を現代に再提示するための新しいプロジェクトをスタートさせたのである。2004年のアメリカ公演では行く先々でJ−ガイルス・バンドのピーター・ウルフやサウンドガーデンのキム・タイルがヴォーカルで参加し、04年8月のサマーソニックでの来日公演では、ダムドのデイヴ・ヴァニアンやマッドハニーのマーク・アーム、レモンヘッズのエヴァン・ダンドがヴォーカルで参加し、オリジナル・メンバーたちは解散後32年という歳月を感じさせない、パワフルでエモーショナルなステージを見せ付けてくれた。まさに老兵は死なずである。
現在はこのDKT−MC5の活動の他に各メンバーはそれぞれのソロ・プロジェクトでも活動している。ウェイン・クレイマーは自身のウェイン・クレイマー・バンドの他、実験的なジャズ・ミュージシャンとのコラボレーションなども積極的に行っているが、MC5時代からの政治的、社会的批評精神を今も持ち続け、自身のWEBサイトに鋭い時事批評を発表したり、「パンク・ボーター」というパンク・ミュージシャンたちが一丸となってブッシュに投票しない運動を展開したりしてきた。
「今サントラを書いてる映画と言うのはアメリカ政府というものが、いかにドラッグ問題を自ら生み出してきたのかと言うことをシニカルに描いたものなんだ」
かつて音楽産業のスターダムの最前線に立ち、またそこから突き落とされた経験の持ち主であるウェインは、今あらゆる音楽産業の馬鹿げたくだらなさから距離を置き、自身の本当にやりたい音楽をクリエイトしながら、その活動を通して聴衆に世界の真実を知るチャンスを与えようとしている。たまには昔の相棒ジョン・シンクレアが行う詩の朗読にギターで伴奏を付ける・・・といった活動も行っているウェイン・クレイマーだが、もしできることなら、そういった彼やシンクレアたちの60年代から継続するスピリットの一端を、THCの小さな会場でもいいから体験してみたいし、何も知らずにMC5のティーシャツを着て歩いている若い世代にこそそんな彼らのことを知って欲しいと思うのである。
「1994年3月10日
チャールズ・ブコウスキーが死んだ
たまらなく悲しい
寂しくなる 奴はもういないのか
あの詩と
小説と
短編と
スポークン・ワードという名のパフォーマンス
ハンクは真実を語った
この世の真実の全てを・・・」
ウエィン・クレイマー「So Long Hank」より。
文・鳥井賀句
・MC5 photostaken by
Leni Sinclair and Raeanne Rubenstein
鳥井賀句:音楽評論家としてローリング・ストーンズ、イギー・ポップ、ルー・リード、パティ・スミス、セルジュ・ゲンスブール等、多くのミュージシャンと独占取材を敢行。著書に『ワイルドサイドを歩け』(講談社)、訳書に『パティ・スミスー愛と創造の旅路』(筑摩書房)、編著に『ブライアン・ジョーンズー孤独な反逆者の肖像』(シンコーミュージック)等がある。他にもDJ,映画評論家等としても活動。6月17日に自身のロック・バンド=LOADEDの 『PULL THE TRIGGER!』(キャプテン・トリップ・レコード)で、CDデヴューする。