SEICHI YAMAMOTO

2008年3月15日(土)から30日(日)まで、T.H.C.2Fフリー・スペースで、山本精一氏の「画展」が開催され、その関連イヴェントとして、初日の15日に、現代美術家の大竹伸朗氏とのトーク・ショーが行なわれた。音楽、アートの話を中心に縦横無尽に脱線しながら、予定時間を大幅に上回って繰り広げられたトークを、抜粋で紹介したい。
惹かれるもの
大竹伸朗(以下、大竹)対談に選んでいただいて、ありがとうございます。もっと適任の人がいるんじゃないかとも思いつつ、絵の展覧会をやられるというので、本当に楽しみにしていたんだよね。12年前、山本さんが経営しているライヴハウス「難波ベアーズ」ではじめて会って、その時はあまりゆっくりとお話するという感じではなかったけど、その後も山本さんはずっと気になる存在であり続けていたから。歳が近いというのも親近感が湧いて。山本精一(以下、山本)ほとんど同世代ですかね。微妙に違うくらい。
大竹微妙にね。山本さんは昭和30年代前半の大阪、俺は東京っていう感じで。俺が山本さんに興味を持った部分というのは、節操のなさが似ている気がするんだよね、支離滅裂な。「羅針盤」とか「想い出波止場」とかをやりつつ、あの凶暴なギターを弾きつつ、尊敬するミュージシャンはポール・マッカートニーとか平気で言っちゃうところが、自分に近いっていうか、同じ時代に育った空気の共通項みたいなのを感じる。コンセプトとかスタイルとか主義とか、ああいうのに燃えないんだよね。
山本興味ないですねえ。
大竹俺の世代の人がみんなそうだってわけじゃないけど、ああいうギターなり、歌をやりつつ、王道も、って言うのが。山本さんが、インタビューかエッセイかで、好きなアルバムの欄に『シルク・ディグリーズ』をあげていたのを覚えているんだけど。
山本ボズ・スキャッグス。いいですねえ。大竹さんもすごい王道も好きなんですよね。
大竹王道は好きだよね。
山本そこでしょうね。
大竹俺は、兄貴の影響が大きいんだけどさ。1960年代前半、小学校に上がった頃に、兄貴の自転車の後に乗っけられてレコード屋に通ってたんだよね。兄貴は中学生で、アメリカン・ポップスのドーナツ盤、シングル盤を集めていたわけ。ビートルズとかが出てくる前の、デル・シャノンとかポール・アンカとか、レイ・チャールズが出てきたりした時代。プレスリーのちょっと後のポップスって、すごい心ときめく王道じゃない? ああいうのは、今でも好きなんだよね。
山本大竹さんの作品には、そういう部分がすごくあるんですよ。王道的なものがすごく好きなんだな、というのが伝わってくる。絵自体を見るとなんかすごいんですけど、その中にきっちりそういう要素が入っていて。そういう人はあまりいない気がするんですよ。イッちゃってる人というのは完全にイッちゃっていることが多いし、反対に王道の人は本当に緩いことが多い。大竹さんにはその両方の要素があるっていうのがすごいですよね。そういうパターンって、なかなか見出せない。エリック・クラプトンとか、ポール・マッカートニーもそうです。ああいう、普通というか王道の音楽の中に、ちょっとだけ垣間見える狂気。俺もその部分にめちゃくちゃ惹かれるんですよね。
大竹山本さんの『ゆん』(河出書房新社)を読ませていただいたんだけど、あの中に、「アップリケおやじ」みたいなのあるじゃない。あれ、面白かった。
山本ああ、洋品店の話ですね。僕らがいわゆる「おっさん屋」と呼んでいる洋品店があるんですけど、そういうお店に、犬とか虎のキャラクターが刺繍されたセーター、ありますよね。あのセンスっていうのは、あれはあれですごく洗練されていると思うんです。その「おっさん屋」で聞いたんですけど、刺繍系、アップリケ族の専属デザイナーがいるらしい。70歳くらいの天才デザイナー(笑)。見せてもらったんですけど、金で刺繍してあって、これがめちゃくちゃ素晴らしい。でも、柄はめっちゃかわいい「わんわん保安官」(笑)。この人の作った服をみんな競って買うらしいんですよ。ヤクザの親分なんかが、ほかの親分に買われるのが嫌だから全部買い占めるらしい(笑)。最新のアップリケが出た時には本当に取り合い。値段もすごく高いんですよ。18万とか20万とか。なんであれに命をかけているのか、わけがわからない。
大竹でも、くすぐられるんだろうな。ポール・ウェラーも来日した時に大量に買って帰ったって。
山本すごい感覚だなと思いましたよ。そういう世界って、一般的には趣味が悪いというか、完全に無視されていますよね。なんで僕がそこに惹かれていくのか、わからないんですけど集中的に惹かれてしまうんですよね。日本だけの文化なんじゃないかな。僕にとっては、大竹さんの絵からも、ああいう要素を感じるんです。名画って言われているものはあんまり……。ルーブル美術館に行った時も、最初は割と、あぁ、いい絵だな、と。でも宗教画の嵐じゃないですか。あんなのをずっと見させられて、俺は一生クリスチャンにはなられへんなと思って。あの絵、暴力ですよ、ホントに。
現在の音楽シーン
大竹今、とにかくCDが売れないっていう切実な話があるよね。俺も20代の頃、「19/JUKE.」というバンドをやってアルバムを自主制作で作っていたんだけど、あの時代は、レコードを作ると、それを担いでレコード屋を回って1軒ずつ置いてもらっていたでしょ?山本行商ですよね。
大竹あの頃はさ、自分の作る音がメジャーになるとかどうだとか、そんなことはまったく考えてなかったじゃない。
山本っていうか、あの頃は、完全にメジャーの世界と僕らの表現とは、分けて考えていましたからね。結構、意識的に分けていた。メジャーに進出するとかどうこうとか、言うこと自体がタブーでしたから。「え? メジャー? こいつは何を言っているんや」って。ありましたね、そういうの。今は、それがないでしょう。あの頃は、もっと違う意識があった。
大竹結構はっきりしていたよね。インディーズっていう言葉もまだなくて自主制作って言っていたし。その頃は自主制作で1000枚売るなんて、とんでもない数字だったわけよ。スーパー・スターの域。500枚の壁がまずあって。300、500っていう。500枚なんか売ろうと思ったら大変だったよね。でさ、今、大物のミュージシャンが、レコード会社と契約しないでネットで発信しちゃうみたいなことになってきているじゃない? 30年くらいかかって、中身がアナログからデジタルにごっそり入れ替わった上で、結局、仕組みは昔の自主制作みたいになってきている感じがするんだよね。
山本そうですね。
大竹昨日、山本さんから聞いて衝撃だったのは、山本さんの友達の若いミュージシャンなんかは、音楽にジャケットは要らないって言っているという話。ジャケットが余計なものになってきているっていうのが面白いよね。これから音楽はさ、モノじゃなくなっちゃうのかな。だってすでにデータになってるわけじゃない? つまり、空気みたいになっていくわけよ。そうなった時に、ミュージシャンは大変だよね。
山本大変ですねえ……。
大竹売るものがなくて、それで音楽を作り続けるっていう。今、ミュージシャンを目指す若い人たちは、自分がどうやって音楽を作って残していくのか、その形が見えづらいだろうね。過渡期って言えば過渡期だからさ。昔だったら、ロック・ミュージシャンになりたかったら自分の好きなロック・ミュージシャンのジャケットが頭にあって、「俺もいつか、こういうジャケットで……」みたいな夢があったけれど、今は行き着くところが空気みたいなものだからさ。昔は、洋盤を買ったら、まず封を切ってにおいを嗅ぐ、みたいな世界だったじゃない? アメリカ盤とイギリス盤のにおいの違いみたいなさ。
山本ありました。ずっと。
大竹特に洋盤とかさ、2〜3ヵ月、半年くらい待って手に入れた時は、これがロンドンの空気だ、みたいな感じがあってさ。
山本そう、ロンドンの空気が入っている。実際、そういうにおいがするんですよね。特にサンフランシスコのアルバムは特別なにおいがして。すごく面白いにおいがしたんですよ。内容以前に、そのにおいを嗅ぐことによって、まず最初に、サイケデリックみたいなことを体験するっていう(笑)。その土地ごとに特有のにおいがしましたよね。ロンドンはロンドンのにおいがする。薬っぽいような。変な薬じゃなくて。「格好ええな。ロンドンって薬のイメージなのかな……」みたいなのがあった。つまり、五感を全部使って聴いていたんですよ。それが僕は音楽だと思っていたんですけどね。だからジャケットがなくなるなんて考えられない。ジャケットでイメージが喚起されたりするわけじゃないですか。内容がわからなくてもジャケット買いしましたよね。ジャケット買いなんていう言葉もなくなるのかな。
大竹なんか殺伐としてるよね、音楽界。耳から聴くんだから別に見る必要はないっていう……。だけどそれってさ、目も鼻も使わずに、舌だけで食事するようなもんでしょ?
山本もしかしたら、すごく新しいのか、未来っぽいのか。
大竹未来っぽいっていや、未来っぽいんだけどさ、つまらないよね。
山本つまらないですねえ。
大竹しかも、アルバムなんて全部要らないっていうわけでしょう。ベストな曲だけダウンロードして自分でベスト盤を作る、みたいになっているじゃない? だけどさ、1人のミュージシャンで70分も聴きたかないわけよ。
山本捨曲は必要ない、みたいな。僕なんか、捨曲があってはじめて名曲が光ると思うんです。名曲ばっかりだとお腹いっぱいになっちゃうじゃないですか。しょうもない曲とかもあって、我慢しながらそれを聴くわけですよ。「次にあれがあるんや」って。この山を越えれば!という感じになる(笑)。自虐的かもしれないけど、それがいいんですよね。
大竹ちょっと前までは、例えば100万枚、200万枚売れる人がメジャーで、200枚の人はマイナーみたいなさ。いい悪いは別にして、はっきりしていたじゃない? だけど、今はかなり大物のミュージシャンでも1万枚とからしいね。
山本そうですね。
大竹何がメジャーで、何がマイナーかっていうのが、今までと意味合いが全然違ってきちゃっているよね。
山本だから、売り上げ数でマイナー・メジャーを分けても、あまり意味がないと思いますよ。じゃあ、質の問題なのかといっても、余計に抽象的だし。何がマイノリティで、何がマジョリティな感じなのか、よくわからないですよね。
大日本人
大竹そう言えばさ、話は飛ぶけど、あれは観た? 松本人志の『大日本人』。山本観てないです。
大竹あれ、俺の周りで、みんな面白くねぇって評判だからから観たのよ。
山本面白くなかった?
大竹ところが、俺は面白かったわけ。
山本え? 面白かった? どんなストーリーなんですか。
大竹「大日本人」っていう、電気を通すと体が巨大化するっていう絶滅寸前の日本人の末裔が現代に残っているわけ。
山本マジで? 社会的な映画なのかと思ってた。
大竹壁に、死ねとか、帰れとか、迷惑だとか書かれたりして、周りからはすごく迷惑がられていて。で、どこかに怪獣が出たっていうと電気を浴びてガーッと巨大化して、怪獣を退治しに行くんだけどさ、なんか淡々としているの。こんなことしていても金にならないし、俺も嫌なんだ……だけど、そういう血をひいちゃっているから仕方ないんだよな……みたいな感じで。つぶやきというか、ぼやきみたいな感じが淡々とあって。そこに変な怪獣が現れるわけよ。
山本どんな怪獣ですか?
大竹ビョンビョン跳ねるだけの怪獣とか、全然怖くないんだよね。あと、ビルによっかかってるオカマ怪獣みたいのがいて、巨大化した松本がこん棒を持って、「貴様、迷惑だ!」とかって注意すると「迷惑とは何だ!」とか言い返されるわけよ。「だけど、みんな困っているだろう」とか、そういうやり取りになるんだけど、なんかおかしいのよ。すごくおかしいよ、あれ。
山本えーと……それはつまらないんじゃないですか(笑)。
大竹絶対に面白いよ、あれ(笑)。なんで、あれが評判悪いのだろうと思ってさ。映画として見るとだめなんじゃないのかな、と。あれは映画じゃなくてビジュアルぼやきなんだよね。昔で言えば、内容は全然違うんだけど、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンが……
山本そこでトーキング・ヘッズにいくんですか?(笑)
大竹ほら、『トゥルー・ストーリー』っていう映画あったじゃん、デヴィッド・バーン監督の。あれ、俺はむちゃくちゃ感激したのよ。で、あれを観た時に思い起こしたのが、ビートルズの『マジカル・ミステリー・ツアー』でさ。全部、当時ボロカス言われてたんだよね。
山本ひどかったですもの、あれ。
大竹その時の映画のコードから外れたものは、ボロカス叩かれる。だけど『マジカル・ミステリー・ツアー』って、今、観たら面白いと思うよ。
山本今だったら、すごく面白いですよね。当時はさっぱりわからんかった。
大竹『トゥルー・ストーリー』もね、今、観たら面白いと思うんだよ。で、『大日本人』も、なんか『マジカル・ミステリー・ツアー』っぽいんだよね、雰囲気が。ただ、最初のほう、なるほど、これは評判悪いだろうな、というのは素人なりにわかるけどね。間が持たない感じがあるわけよ。だけど、却ってそこがいい。間が持っちゃうほうが、小回り効かせたカット割りなり何なり、人を飽きさせないための映画の技法がうまいだけであってさ。だけど、日常生活って、むしろ、それに近いよね。
山本間ぁ、持たないです。
大竹間が持たない映画なのよ。だから、例えば、小津とか、溝口健二とか、そういったのが映画だっていうような人がどう言うか知らないよ。黒澤明が好きな人があれを観て、こんなの映画じゃねぇって言うのは、そういう感覚もわかるけどさ。
山本僕らのやっていることとほとんど同じなんですよ。クズみたいなものですから。そういう人らから見たら。
大竹そんなもんだよね。いいんだよ。悪い評判を聞いていて、ネガティヴな偏見のまま観たから、逆にインパクトがあったわけであって。
山本失望を前提に見たわけですね。
大竹そうそう。
山本すごい。それはすごいな(笑)。
衝動
山本すんません、突然なんですけど、時限爆弾のような感じで、2年くらい前から強烈に壺が好きだったりとかします。大竹壺そのものが?
山本壺そのものが自分の中にバーンと入ってきて……。あ、今日はこれがいちばん言いたかったかもしれない。今、壺。壺を見るとね、買いたくなってしょうがないんです。店で壺を見るじゃないですか。手を入れて、中でヒラヒラしてみるわけですよ。で、入れると、なんか知らんけど何かがわかる。それで買っちゃうわけです。今、家、壺だらけで。
大竹あぁ、そう。
山本壺屋敷と呼ばれてる。で、一緒に風呂に入ったり、添い寝したり(笑)。これはもう、どうしようもない。大竹さんは、そういうものにはまったりします?
大竹俺の場合、いいなと思うものをスクラップブックに貼って終わりなわけよ。そこでひとつ落ち着く。
山本なるほど。あのスクラップはすごいですもんね。僕は、あれを見ても所有欲が湧くんですよ。壺と似たような感じです。大竹さんの作品が他の人と決定的に違うのは、コクがあるんですよね。壺とか、大昔の絵とかも、立派なものじゃなくて崩れてたりしてるがゆえに、すごくコクがあったり、味があったりする。その味が、強烈に新しいんですけど、猛烈に古拙があるんです。大竹さんの作品も壺と似た感じで、やっぱり買いたくなるんですよ。自動的に。古拙と言うと変かな。コクかな。昆布だしのような。なんか、わかるでしょう? きれいなのとか、そういうものじゃない何かがある。
大竹俺の家にアナログ盤がいっぱいあるわけよ。で、コレクションしているわけじゃないから、こんなに持っていてもしょうがねぇという思いがずっとあったわけ。だけど、売るのもなんだしさ。だったらそのままスクラップブックに貼っちゃえばいいんだと思って。それで納得。
山本どこに貼るんですか。
大竹もう、単純にページとして。例えば、ジャケットがあるものは、それも貼っちゃうわけよ。そうすると、2ページになるじゃん。ページのあいだに黒いビニール盤が入っているような感じ。あとは、ジャケットのないレコード盤とかも、端に和紙を付けてページにしちゃう。それが俺の壺みたいな感じ。味があるよね。
山本なるほど。味がありますよ。そう、味って重要ですよ。味がなくなったんですよね、最近は。何にせよ、そんな感じがしますよ、僕は。そうか。これはすごいきりが良かった。
編集・内沼晋太郎


