MASAKATSU SHIMODA

2007年9月19日から10月3日まで、T.H.C.2Fフリースペースで、下田昌克氏の個展「FACES」が開催された。その関連イベントとして9月22日に行われたのが、映画『クローズド・ノート』の監督である行定勲さんと、下田さんとのトークショーである。トークショーの前から、下田氏は行定氏の顔を描き続けている。そしてその途中で、ゆるやかに対話は開始された
行定:下田さんね、これで40なんですね。僕も39で、ほとんど同い年なんですけど。
下田:ね。
行定:まあ、ガンダム世代というかね、もうアニメーションで育ち、そういう歌とかを歌いながら、西条秀樹をガンガンかけながら、家で仕事をしているんだよね。
下田:違う、キャプテンハーロック。
行定:キャプテンハーロックか。ごめんなさい、キャプテンハーロックでした。
下田:あとジュリー。
行定:ジュリー。ジュリーをかけながら。そんな下田さんですけど。結構おしゃれなんですよ。さっきもこういうような竜がちょっとこう、何気に白い竜の刺繍の入ったおしゃれなシャツを着て。「おしゃれじゃないですか」って言ったら、「おしゃれなんですよ、僕は」っていうような、そういう人(笑)。……これ、僕が司会をやっていますね。
下田:すいませんね。途中から交代します。
行定:交代しますね。
下田:はい。
行定:今は描いていますから。僕はずっと念願で、下田さんに描いてほしかったんですね。こんなときじゃないと描いてくれないので。下田さんは、生きるために描いているんですよ。生きるために、仕事のために、というか飯を食うために絵を描いている人なんですね。僕はそこがすごく好きで。アーティストぶっているっていうわけじゃないんだけど、吟遊詩人的なイメージがあるかもしれませんが、コミュニケーションの手段なんですよね。僕が最初に会ったときは、下田さんの絵を使わせてもらうときでした。映画って、絵を使わせてもらうことがよくあるんですよね。偉い画家さんの絵を、既成のものを使わせてもらうとか、そのときだけに書き下ろして、本人は「もうあとは、それを渡したからもう任せた」っていうことも、よくあるんですよ。今回の美術監督が「クローズド・ノート」をやるに当たって、「どういうイラストがいい?」っていう話になって。僕は下田さんのことをそのときまで知らなかったの。それで、美術監督の都築雄二という美術デザイナーが、「どうしても一人、自分の映画の美術に組み込みたい絵の人がいる」っていう、それが下田さんで。知らなかった?
下田:知らなかった。
行定:現場ですごく虐げられていましたね。そんなこと言われていたのに、虐げられていたじゃん。
下田:そう?
行定:ここの絵も、あの絵も、これも、映画のために書き下ろしたでかいやつね(といって、会場を指差す)。僕は最初、下田さんの画集を見せてもらったときに、主人公の伊勢谷友介が描く絵っていう意味では、ちょっと違うイメージがあったんですよ。ただ、下田さんが来たことで、シナリオとかその人のキャラクター、登場人物の一人っていう伊勢谷友介の役のキャラクターも変わっていって。伊勢谷友介自体が下田さんをずっと観察して、下田さんとしゃべりながら。衣装合わせのときに来てもらって、話したときに「ああ、この人でよかった」って。
下田:あのとき、僕は観察されていたの?
行定:そう。伊勢谷君に「下田さんみたいな人がいいんだ」っていう話をしたんですよ。そうすると、俳優はやっぱり下田さんとコミュニケーションを取ろうと思うんですね。もう絵を描いている時点で、画集を見せたんですね。映像の中に出てくる画集を持っていって、ガーッと見ていて、もうすごく話がはずんでいたので、僕らもその中に入らず、完ぺきに二人で。
下田:でも、伊勢谷君と会って一番最初に話したのは、インドでどんな病気になったかとかだけど(笑)。それで「こんな話、していていいのかね」とか言いながら。
行定:でも、本質がすごく似ているんじゃないかな。でも、下田さんは、伊勢谷君がバーッと目の前で描く絵を見て、「うまい」って言ったよね(笑)。「おれの絵で大丈夫なんですかね」って言っていたの。
下田:本当にうまくて。……みんな、これは何の映画の話をしているか分かっていますかね?
行定:「クローズド・ノート」っていいます。僕の映画で、来週公開です。いい機会なので、トークショーで宣伝してしまえという僕の魂胆ではあるんですけど。
下田:いや、僕の魂胆なんですけど(笑)。
行定:あの映画を見ると、下田さんの絵がやっぱりすごく生かされていると思うんですよ。映画のシナリオ自体も変わっていった。
下田:変わりましたよね。
行定:変わった、変わった。下田さんのおかげでって言ってもいいぐらい。映画ってこうやって人がかかわることによって、「ああ、こんなに変わるもんなんだな」って思ったし、すごく生き物のように変わっていく。下田さんの絵って、全部、真正面を見ているじゃないですか。僕はこれが不思議だったんですよね。何でこんな真正面しか描かないんだろう。普通、画家って、ちょっとこう斜め45度ぐらいから描くとか、あおりで描いてみたりとか、構図を作る人も多いと思うんですけど、この人のは写真を撮るように描く。これはポートレートだな、と思ったんですね。人の顔をこんな真正面から描いている画集を出している人も珍しいし、あんまり風景も描かないし、空間の中にその人がいるだけんだけど、どう考えてもその場所のイメージ、ここにどういうにおいがしたりとか、どういう空気があるっていうのが、何かにじみ出ているんですね。これは都築さんが思ったところなんですが「正面がいいんだよね。ほかにないでしょ、こういう絵を描いている人」って。写真ではいるけどね、こういうポートレートは、目線としてね。でも、今、私が下田さんを見ているわけではないように、ただ、下田さんが勝手に、絵が見つめているように描いているんです。っていうことは、下田さんが一方的に見ているんですね。だから、絵の上で目線を合わせる。今回、「クローズド・ノート」っていう映画は、出会いっていうのがテーマなんですね。見ていただくと分かるんですけど、そういう意味では下田さんと出会うことと、下田さんの絵が人と出会うことによって作られていった。これは下田さんの歴史ですよね。これだけの人たちと出会ったっていう記録をしてきたっていうこと自体、僕はすごい作家だと思ったんですね。下田さんは画家っていうよりは、作家という感じかな。……下田さんも何かしゃべってよ。映画の現場はどうでしたか。
下田:いや、すごく楽しかったです。最初ね、こういう絵とかをずっと描いていて、まさか映画とかにかかわらせてもらえるとは全然思ってもいなかった。僕も映画が好きなので、だから、一番最初にお願いしたのが、「その期間中、僕はほかの仕事を全部やめるから、ちゃんとかかわらせてください」って。
行定:ああ、下田さんが言ったの?
下田:言いました。
行定:おれね、それが心配だったの。さっきも一番最初に言ったように、この絵とこの絵とこの絵で、あとは下田さんの絵を使って、「この絵とこの絵は描きますから」って画家が現場にいない。助手の人が来たりして。僕らは、そういう映画のかかわり方ってあると思うわけ。絵を描いた人が有名で、それが映画の相乗効果になるとか。でもやっぱり、そういうのはあんまり好ましくないですね。だから今回は、すごくよかったんですね。クライマックスで主人公の伊勢谷友介の個展のシーンがあって。そこの絵は、オリジナルで描くっていうのがあって、ものすごく……。結局、1カ月半ぐらいかかったんですよね。
下田:もうあれ、ぎりぎりまで描いていたので。
行定:2カ月か。
下田:3カ月ですね。
行定:3カ月だね。3カ月、自分の仕事を取りあえずやめて映画にかかわるっていうことは、これは映画のスタッフなんですよ。もう完全に、映画のスタッフだったですね。関係ないっていう別のシーンで手伝わせたし、コミュニケーションを取って。伊勢谷友介とコミュニケーションを取ったり、沢尻エリカとコミュニケーションを取って。今回、沢尻エリカも絵を描いていますね。
下田:絵、使われなかったですけどね。
行定:沢尻エリカの絵よ? 彼女の描いた絵。
下田:ああ、はい。猫の絵。
行定:彼女自身も絵を描くシーンがあったけど、そのときね、また「自分の絵のほうがインパクトないんじゃないか」って怖がったよね。
下田:そう。
行定:かなりすごい、強烈な絵を。
下田:強烈な猫を描くんです。
行定:「猫を描いてくれ」って言って、
下田:即興でね。
行定:即興でね。すっと、万年筆の試し書きのシーンがあって、万年筆で絵を描きたい伊勢谷友介がいて、万年筆屋のアルバイトをしている香恵っていう女の子、主人公がいて、二人が会うシーンなんです。そこで、即興的に伊勢谷友介がさらさらっと。
下田:試し書きで絵も描く。そうしたら、それを沢尻エリカさんが見て、「猫はこうですよ」って言いながら。
行定:描き直すシーン。
下田:描き直すシーンがあって、その猫の絵が強烈で。くやしいから、「これでもういっぺん、伊勢谷くんが描き直すようにしませんか」って(笑)。
行定:もっと強烈な猫を描きたい(笑)。映画はそういうことじゃないんです。
下田:勝負じゃないからって(笑)。
行定:何でそこで勝負しようっていうんだよ。「それはいいんだよ」って言って、ね。あのとき、くやしい思いをしたよね。
下田:すごくくやしかった。
行定:「僕の絵のほうが弱い」っていう。常にそういうことを気にしているんですけど。でも、本当に3カ月間、映画のスタッフでほかの仕事は断って、まるまるやってくれたことっていうのは、映画の中ですごく大きく反映されていると僕は思いますけどね。
下田:ありがとうございます。
行定:どうでした? 映画のスタッフをやってみて。
下田:何かこう、毎日、常に50人ぐらいいるんですね。普段は本当に一人で描いていることが多いので、ああいう、常に50人ぐらいいるって感じが初めてで。しかも、それで皆さんちゃんとプロの方で、年代も幅が広くて、それがみんな一斉にちゃんとそれぞれの仕事をしていて、緊張感もあって。でも、「ヨーイスタート」から「カット」まで、みんなの力がそこに集約するわけじゃないですか。それで、重い荷物をどんどん運んでいる美術さんとか、何十人分の飯をワーッと作っているスタッフとかがいて、本当に海賊船に乗っているような、すごく楽しい毎日でしたね。僕、ちょっとつらいこととか大変だったこととか、そういうのってすぐに忘れていくようにできているみたいで、あの毎日は多分、僕はすごくつらかったと思うんですよ。ほとんど睡眠時間がなかったり、2〜3時間とかでまた行ったりして通っていたので。でも、終わってから一人で家にいるのがすごくさびしくて。だから、場所は日活の撮影所だったんですけど、今でもふらっとあそこに行ったら、今でもみんなが撮影していればいいのにって、いまだに思うんですね。
行定:何か浮浪者みたいな男が、日活を歩いていてさ。「さびしい。さびしい」って言っていて、「電話していいですか」とかって言ってくるんだよね。電話がよくかかってくるんですよ。美術監督に「電話していいですか」って言ったら、「うん。いいけど、おれ、電話でないぞ」って言われた(笑)。
下田:すごく冷たいの。
行定:「一緒にご飯、食べに行きましょうよ」「絶対行かない」。その男が、下田さんの絵に本当にほれ込んだんですよ。「今回は絶対こいつだ。おれはもう、この下田さんの絵からイメージを拡散するんだ」とか、すごく言われて。で、おれ、しょうがなく「情熱大陸」を見たんだよね。
下田:しょうがなく?(笑)。
行定:だって、何かしょうがなく見たんですよ。「情熱大陸」を見たら、何かね、いい感じの汚い小さい部屋に住んでいるじゃないですか。すごくそこからイメージがわいてくるのね。この人のシャイなところとか、駄目な感じのところ。もうこの人は駄目だと。「もっと社会に出たほうがいいですよ」って会ってすぐ言ったもんね。
下田:そうですね(笑)。
行定:ずっと携帯電話を持っていることが意外だったんですよ。携帯電話を持っていなさそうでしょう?そういう男でいてほしかったのに、ものすごく携帯電話を活用しているのね(笑)。
下田:持ったばっかりだから。
行定:だって、36歳、37歳ぐらいまで携帯電話を使っていないもんね。
下田:いや、去年ですよ。
行定:去年だよね、携帯電話を持ったのは。そういうイメージがあるじゃないですか。「情熱大陸」のスタッフに「連絡が取れなくなるから携帯電話を持ってくれ」って言われたんですよね。
下田:はい。
行定:「携帯電話を持ってくださいよ」って言われて、しょうがなく携帯電話を使ったら、「こんな便利なものがあったんですね、この世の中に」って(笑)。そういうところを含めて、今回の「クローズド・ノート」ってあんまり携帯電話とかが出てこない。現代なのに使ってないんですよ。ちょっと使うところもあるんですけど。こうやって本来の生活をしている人っていうのはいいよなって思うんですね。僕はもう39になって、やっとそれがちょっと分かるようになってきたっていうか。下田さんはずっとそうだったんですね。最低限生きられればいいやとか、最低限、人とコミュニケーションを取って、旅をするのもスケッチブックと色鉛筆があればコミュニケーションが取れちゃうんですね。何でか、人の家に泊めてもらうときに、その人たちの顔の絵を描くんですね。
下田:毎回じゃないですけどね、そういうこともあります。
行定:絵を描かせてもらって、そうしたら、何かきっと伝わるんですよ。絵を描いている側と描かれている側の間に、言葉が通じない場合でも、笑っている顔とかもあるじゃないですか。みんな優しい顔をしていたり、キャラクターがすごくにじみ出ている。すごく仏頂面をした顔の人も、どう考えても1時間以上、その人は間違いなくスケッチブックの前にいたんですよ。いないと描けなかったわけだから、それってすごいことだなって思うんですよね。僕には絶対そういう力はないと思うし、下田さんはこの感じで、人とコミュニケーションを取って、その人のうちに泊まって、その人のうちで飯を食わせてもらって、優しければ1週間ぐらい滞在して、それで本を出して、その人に普通、お礼で絵を渡すでしょう?なのに、全部ここに絵があるんです。ということは、絵は渡さないんですよ(笑)。ここが下田さんのすごいところ。これもすごいこと。普通、お礼で渡すじゃない? でも、今日は僕にちょうだいよ。あれ、何で渡さないの?
下田:いや、言い訳をするようですけど、結構2枚描いて1枚あげたりとか、最近はね、日本からちゃんと複写をしたものを送ったりとか、そういうのはあるんですよ。
行定:ああ、あるんだ?一応はあるんだ。でも、その描いたものを渡さない感じ。しかも相手に名前を書いてもらっているんですよ。相手にサインをさせているんです。それで展示をするというね。この生き方、これは本来、人が生きていく感じなんじゃないかなと、僕、すごくいいと思う。羨望を思わせる。
下田:何かね、褒められている気がしない。
行定:そういうところも含めて、今回の映画の主人公の一人である石飛っていうキャラクターが、何かこうにじみ出て。ちょっとさっきもまじめな話をしていましたけど、映画の話をしていいですかね。
下田:いいですね。
行定:映画で、この人がある人の絵を描けなかったっていうのがすごく重要なポイントなんですよ。ここにいる人たちにはちょっとネタばれしちゃいますけど、分かっていて見ていいと思います。竹内結子さんが演じる学校の先生がいて、その人の顔が描けなかったんですね。ある主人公が、描きたかったけど描けなかった。その代わりに、次に住んだ沢尻エリカちゃんが演じている香恵っていう女の子をふと見たときに、「あの窓の向こうにいる姿を自分は描きたい」。描いて、彼女は「私の絵を描いてくれているんだ」と思って喜ぶんです。実は、その前に住んでいた女の人の絵を思い出しながら描いていた。そのシーンがあって、「そういう気持ち、分かる?」っていうことを、僕は最初の美術打ち合わせのころにずっと下田さんと話していて。下田さんってこうやって人の顔を描くじゃない?正面から描くでしょう?照れないですか?照れる?
下田:照れますよ、もちろん。僕はすごく人見知りですから。でも、そうですね。だから、ほとんど初対面で描くことはないです。話をして、さっきいったみたいに泊めてもらったりとか、一緒に食事したりとか、そういうことをしてある程度分かった人を描く。だから時間かかるんですけど、いつも。
行定:画集を見ているときに、日本人の顔もあったりするんですよね。「この中に両親の顔とか恋人の顔ってありました?」って聞いたら、「いや、ないですね」って言ったよね。
下田:はい。
行定:「恥ずかしくて描けないんだよ、それは」って言ったことが、僕の中でものすごく大きかったんですよ。ああ、これだけ正面を、人とコミュニケーションを取ってきた人なのに、自分の一番大切な人の顔を描かないんだ。何で描かなかったんですか。
下田:何でしょうね。その距離間が本当に照れくさいんですよ。
行定:辻仁成ならば、目の前でラブソングをやりますよ。本当に。
下田:うーん、そういうのは嫌いなんです。
行定:いや、でもちょっとやってください。実際、辻仁成はラブソングを歌うんですよ。「美穂」とか言いながら歌うでしょう?(笑)「ああ」とかいう、あの感じは分かるでしょう? ミュージシャンは多いと思うわけ。だけど、下田さんは描かないんですよね。僕がさっき言ったのはそこなんですよ。この人は描かない人なんですよ。普通は、これだけ人のことをすごく記憶するような絵を――これは記憶だと思うんですね。記憶の集積だと思うんです。下田さんがどういう人たちと出会ってきたか。この絵だけを見ると、下田さんのことをちょっと好きになっちゃう人もいるかもしれない。まだ結婚していないですからね。恋人が欲しいそうです。それはいいんですけど、でも、それぐらいすごくすてきな人に思えるんですよ。人とすごくコミュニケーションを取れる人なんだなっていう。なのに、その人が大切な人の顔を描かないっていうことが、キャラクター作りにすごく欲しかった。それが伊勢谷もそれは聞いたときに、「ああ」って分かったような感じ。「下田さんだったらこういうことは言わないかもしれないですよね」って現場で話した。彼が僕に対して、僕の演出に対して、「いや、こうしちゃ駄目ですか」って言ったら、大体「え、なんで?」って言ったら、「下田さんだったらこうしないと思うんですよ」。自分がじゃない。下田さんだったらこうしないと思う。実は、すごく大きく役者に影響も与えているんですよ。
下田:へえ、全然知らなかったですね。
行定:そこですごく大きかったのは、やっぱり自分の大切な人の顔を描かないっていうことだったのね。正面から描く人が、正面から描かなかったっていう。……これはちょっと言ってもいいかな。いいよね。下田さんはね、実は、このシナリオと同じような――下田さん、泣いちゃうかもしれないから、泣いていたら下田さんの顔を見ないでください。下田さんがシナリオを読んだときに、「これ、僕、同じことがあるんですよ」「自分の昔の恋人だった人の顔を描いておけばよかったって思う人がいる」って、下田さんが言うんですね。そこで「え、その人、描かなかったんだ?」って言ったら、「描かなかったです」って言う。要するに、もう別れちゃったあとに、その女の人は淡路の震災で亡くなっちゃったんですね。そのことがあって、下田さんは前に進めないんですよ。描けなかったことをよく思い出す。今、描けないでしょう?
下田:そうですね。
行定:思い出して描いたりしない?
下田:描けないですね。そんなにドラマチックな話でもないんですけども。
行定:いや、実は正直言うと、映画よりドラマチックだなって思ったんです。震災で亡くなっちゃったんだって聞いたときに、ものすごく僕には大きかったのね。でも、大切な人は描いたほうがいいよ。
下田:うん。
行定:でも、描かないんだろうね。
下田:いや、でもね、今回の映画で、本当に、恋人もそうですけど、家族ね。おばあちゃんとかをちゃんと描いておこうかなってちょっと思った。
行定:思ったでしょう?
下田:はい。
行定:そう。写真じゃないからね、下田さんはやっぱり脳とペンを伝わって、気持ちがこう絵に出ているんだと思うんですよ。これは下田さんのために言っているんだけどね。
下田:はい。
行定:ほんとに今回、下田さんはものすごく大きかったんですよ。最初、僕らは下田さんに寄せるつもりでもなかったわけ。下田さんだったら今回のこの石飛っていうキャラクターの何か、キャラクターを強く作ってくれるんじゃないかという意味で、絵を使わせてくださいとお願いしたんだけど、下田さん自身が結構描き込まれているし、使わせてくれるかどうかっていうのは、多分、抵抗があるだろうと思ったんです。下田さんが出るならまだしも、架空の話だし、全然違うキャラクターの伊勢谷友介が演じている人。それを理解していただけたことは、すごく感謝しているんですよ。ありがとうございます。
下田:ありがとうございます。一番初めてお会いしたときに、結構そこからの話でしたもんね。僕もすごく失礼な話なんですね、初めて会ったにもかかわらず……僕は1回ちゃんと謝らなきゃってずっと思っていたんですけど、原作を読んで、脚本を読んで、僕は「ツボが全く分かりません」って監督に言っちゃったんです。
行定:ああ、言った。
下田:でも、1個だけ分かるのが、生きているうちに描かなかった男だってこと。僕もそこから入ったんですね。
行定:映画を見たら分かったでしょう?
下田:分かっちゃってね、僕、本当に自分で頭が悪いなと思って。
行定:映画を見たときに「こういうことなんですね」って(笑)。下田さんはいい文字を描くんですよ。汚い字なんですけど、いい字ってそれだけじゃなくて、いい言葉を書いている。それで、全部、結論がないんです。でも、結論がないことがいいんですよ。僕はそういうのが好き。映画も、最近の映画って分かりやすいんですよ。批判しているわけじゃなくて、見れば誰もが分かる、そういう映画もあるんですよ。僕ね、一応、ちょっとショックだったのは、「クローズド・ノート」を見て「何もないじゃないか」ってヤフーレビューに書いてあったの本当は、何もなくないんですよね。だけど、多分、ヤフーレビューとかに書く人たちは、だんだんそうなってきている。僕も「え?」って思うこともあるし、「ああ、なるほどね。社会っていうのはこういうことだな」って思うこともあるけど、多分、僕らがいろいろなことを考えたりとか、いろいろな人と人の間にある距離とか、熱みたいなものとか、時間とか。それが映っているだけなんだよね。それを「何もないじゃないか」と見る人もいるんだな。だよね。だから下田さんの絵を見ていても、「何もないじゃないか」って思う人は、何もないんですよ。「この人の顔を見て何があるの? おれ、この人と関係ねえじゃん」って言ってしまえばそこまでなのね。僕は、この人たちに会ったことがないんですよ。この女の子がすごく好きなんですけど。映画の中にもこの女の子は結構アップで出てくるんですよね。何かこう、「ネパールの国境の辺りで描いたんだよね」とかってセリフにして。本当にネパールだよね。
下田:本当、そうです。
行定:「この女の子がすごくきれいなんですよ。目がきれいなんだよね」って言っていたら、伊勢谷友介も「いや、すっげえ目がきれいで」って、そのまま言っているの。
下田:そのまま言っていましたよね。
行定:彼はアドリブっていうか、それを言いたくて言った。
下田:しかもあれですよ。だいぶ前に、たまたま見ていたときに覚えているんですよね。
行定:そう、覚えている。「これってあれだよね。ネパールの子だよね」って言って。ほかにもいい顔の人が何人かいるんですけど。あそこの額にかかっている目を閉じている人。
下田:おじいさん。
行定:横になっているね。あれ、寝ているんだよ、あの人。
下田:寝ているんですよ。
行定:寝ている間に描いたんだね。
下田:うん。
行定:ネパールの国境って僕は行ったことがないんだけど、何か全部にじみ出ているような感じがするっていうか。それに出会うか出会わないかの問題なんだな。だから、大体、映画は全部そうでしょ。僕らも、僕は知らなかったわけで、言うなれば友達の紹介みたいな感じで出会ったの。
下田:そうですね(笑)。
行定:僕と多分生き方も違うかなと思ったら意外と接点があったり、年齢が近かったりするんですよね。
下田:今月、僕のほうが年上なんですよね。
行定:もうちょっとしっかりしてもらっても。
下田:ああ、余計なことを言っちゃった(笑)。
行定:でも、「社会性を持つことも重要だよ」って冗談で言っていたんですけど、もう最近、いいなと思うんですよ。こういう生き方が本来あるべき生き方だなと思うし、毎日、退屈?
下田:え?
行定:毎日、退屈だったりする?
下田:いいえ。
行定:忙しい?
下田:忙しくはないけど。うん。
行定:僕は最近ね、退屈っていうのがテーマで。退屈したほうがいいんですよ。なるべく退屈だといいなと思って。退屈な瞬間ってものすごくいろいろなものが入ってくるわけ。そんな話をしていたじゃない?退屈でボーっとしていたら、意外と都会でも四季が分かるよね。衣替えをする。
下田:最近、言わないですよね。
行定:はっきり衣替えをしなくなったよね。急にちょっとブーツの人が増え始めたりとか、何を境にそうなっているのかとかっていう話をしていて。でも何か、長袖を着たから「ああ、寒くなったんだ」とか。忙しい中だとそういうことの変わり目みたいなものをあんまり感じなくなっているっていうか。でも下田さんはね、そうやって生きているから。退屈っていうかね、一人で孤独に生きているからね。
下田:退屈じゃないけど、暇はありますからね。それでいいのかな。
行定:それでいいんだと思いますよ。そろそろ下田さん、司会代わってください。
下田:ああ、そうですね。すいません。うーん、何にしようかな。
行定:っていうか、絵は完成したの?
下田:ああ、ちょっとまだ。
行定:まだ完成していないの?
下田:もうね、今日は本当に朝から緊張してね。
行定:どこで絵が完成するの?この描き方だとフィニッシュは分からないですね。画家っていうのはそうだろうと思うんだけど、どこでフィニッシュなんですか。
下田:描いたあと決める。
行定:相手が「もういいだろう」ってなったときとか?
下田:相手が退屈したときとかね。
行定:もうやめようとか。
下田:そう、だから例えばあの、顔だけの人がいるじゃないですか。青い帽子の右側。あと何分か前にやめておけばいい絵なんだよね、きっと(笑)。
行定:黒くなりすぎちゃっている(笑)。
下田:よく分からなくなっちゃった。
行定:でも、この人、色が黒い人なんでしょ?
下田:色が黒い人だから分からない。どこで終わっていいか分からない。このとき、確か、ますます分からなくなっちゃって。
行定:ちょっとムッとしているもんね(笑)。……(下田さんが描いている絵を指して)もうそろそろいいんじゃないかなって思っているんだけど、違うんだ。
下田:うん、ちょっと今、ちょっと違うところに行っちゃったからもうちょっと。
行定:今、途中経過を見せてください。
下田:いや、本当、もうちょっと。
行定:いや、見せてくださいよ。
下田:嫌……。
行定:「似てない」とか言われるといいよね。
下田:似ていないからやめておこう(笑)。
行定:こんな人、困りますよね。友達になってやってください。
下田:司会を代わりまして(笑)。お送りいたしたいと思います。来週公開、「クローズド・ノート」。
行定:9月29日から。
下田:ちゃんとみんな見てね。でも、その前に、ひとつ前に撮った映画が。「遠くの空に消えた」っていうこれは……。
行定:大コケしまして。
下田:え?
行定:これはもう、残念ながら。見ていただけた人、すごく感謝しています。見た人はいますかね?見た人、正直に手を挙げてもらっていいですか。誰も見ていない(笑)。
下田:あ。
行定:あの人ね、関係者なので。
下田:でもね、あの映画は、本当に見たほうがいいですよ。ぼくは本当に今回よかったなと思うし、あのスタッフの皆さんとも一緒に仕事ができてよかったんですけど、終わって、撮影が全部終わったときに、「遠くの空に消えた」を見たら、それを一緒に作っていたスタッフにすごく僕は嫉妬したんですよね。何か、監督が撮りたくて撮りたくてしょうがないものをいっぱい集めた感じで、だからはっきり言って、とっちらかっている映画なんですよ。それはいい意味でね、何かもう、ひとつひとつにきっとすごく思い入れがあるだろうと思って。それがまた、僕、すごくツボだったんですよ。小道具から、出てくるシチュエーションから。そう思ってね、それをちゃんと伝えておこうと思って。実は僕、ミステリー好きでも何でもないんだけど、うちにはこういう本があったりするんですよ。
行定:ああ、「ミステリーサークル」ね。
下田:だから、こういうのはばらしちゃっても大丈夫ですよね。
行定:いいです。人のためにミステリーサークルを作る子どもたちの話なのね。
下田:もうそれね、ミステリーサークルをみんなで作ったのかなとか、そういうのを想像するとね、一緒に作りたかったって。
行定:下田さんとそのとき出会っていれば、多分、映画の中にいたね。映っていた。「出ちゃえば?」みたいな。今回の映画も出ているんですけど、もうガチガチで。伊勢谷友介と、一応、ワンシーン、話しているシーンを作ったのに、もう何か、シチュエーションまで作ってあげて、「奥さん、結婚したんですよ、僕」みたいなシチュエーションにしたんですね。いきなり全然会ったことのない年上の人に、「僕の新妻です」とか言いながら。ガチガチなわけです。ただ立っているだけなのに(笑)。
下田:ギャラリーのシーンでも、僕を入れていただいて。多分誰も気付かないぐらいちらっと後ろから。
行定:ワンシーン、ワンカットで撮っているんで、ずっと行って、もう切れたあとの後ろにまた入ってくる。ガチガチだったんで、切っちゃったんですけど(笑)。
下田:2日間ぐらいやったんですよね、僕。
行定:やった、やった。
下田:ギャラリーでお客さんが集まってレセプションをやっているみたいなシーンで、エキストラの人たちがぱっと並んでいて。カメラが前とか後ろを撮るんですよ。それ、立っているだけなんです。何もしない。本当にみんな立っているだけのところなんですけど、向こうに役者さんがいて、立っているだけなのに、終わったあと一言、「落ち着きないよ」(笑)。
行定:落ち着きがないんだよね。
下田:どこが落ち着きない?どこも動かしてないって。
行定:いや、もう落ち着きがないのがにじみ出ています。一人だけ落ち着きがない。みんなは気持ちがずっと入っているのに、そわそわしている(笑)。そわそわしているよね。
下田:はあ……。やっぱり今回の映画を見て、伊勢谷君が絵を描いているところが格好よかったんですよね。
行定:「髪、伸ばそうかな」って言っていましたよ(笑)。関係ないんだよね。
下田:いや。
行定:伸ばしたことあるの?
下田:ない(笑)。映画で、描く前にこう髪の毛を後ろでくくって。
行定:くくってね。
下田:描き始めるところとかね、見ていて格好いいと思ってね。
行定:いいんですよ。下田さん、十分格好いいですよ。分かる人には分かるから大丈夫。もういいです。分かる人に分かるって言われちゃったら、もうおしまいだよね(笑)。自分で言っておいて。
下田:不細工って言われてきた。
行定:いや、パンチ佐藤に似ているな(笑)。
下田:それもそうかな。でも、うん、いいですよ。ちゃんと今回ね、伊勢谷君が格好よくやってくれたから。
行定:あれはもう本当に。でも、まあ、下田さんと重ねながら見てください。重ならないと思います(笑)。山下清に芦屋雁之助がいるように、下田昌克に伊勢谷友介がいる。
下田:絶対、内緒にしておいてくださいよ(笑)。
行定:でも、本当、さっき映画を観てうらやましかったっていう言ってくれたりするところとか、すごく本当に下田さんは、ものを作る人っていう感じ。僕らとしてもやっぱりどこかであれは、自己満足っていうのもあったんですよね。批評家とかにはそういうものって大概、ぼろくそ言われるわけですよ。でも、作り手のみに分かる瞬間でもあるし、実はその感じが観客にも分かるときもあるんですよ。僕もそうだったし。作り手に憧れたりとか、その人たちのところまでの域まで行って、映画にかかわりたいっていうか。見るっていうことも映画にかかわるっていうことなので。
下田:そうですね。どうなんですか。そんなにみんなに分からなきゃいけないものなのか。
行定:いや、そんなに分からなくていいと思うんです。
下田:お金を払って見てくれたりするから、その人にちゃんと伝えないとはいけないと思うんですけど。「分かんない」とか、やっぱり言われますよね。
行定:でも、一番最初に言ったことに戻るんですけど、下田さんは、飯を食うため、仕事のために絵を描くんですよ。生きるために描くんですよ。だから、飯を食うため、生きることと直につながっているのね。僕も同じなんですよね。人とやっぱり結び付かないと、何か物事って伝わらないと思うし。昭和43年とか42年ぐらいに生まれた人たちって結構そうかもしれないね。
下田:ああ、そうなんですか。
行定:みんなそう。僕は金城一紀っていう、「GO」っていう映画のときの原作者の金城君もそうだし、あの年代の人たちって、みんなそういうところでつながっていると思う。
下田:でも、そもそも伝えたいメッセージが明確にあったら、映画とかを作るんですかね?
行定:そう、言葉で説明しちゃうんだよ。だから、伝えたいメッセージがあったら、多分、言葉になっちゃうんですよね。先に言葉が出ちゃって、それを言葉で言っちゃうんだと思う。結果、こうなったっていって、あとでテーマが付いてくるんですよ。キャンペーンとか「映画を説明してください」とか舞台あいさつとか行くと、「これは、出会いの映画です。人と人が結び付いて、今、おれがここにいる意味を感じられる映画なんだよね」みたいなことを、ずっと僕は言ってきたんですよ。実は。でもそんなことを思って作っていないんです。
下田:でも、さっき言っていた、僕が最初、脚本と原作を読んで、「ツボが全く分かりません」って言ったときに、「ツボ、どこですか、これ」って聞いたら、「うーん」って言って、「でも、そういうものって、集まった人がみんな勝手に作ってくれるもんなんですよ」とかって(笑)。何か僕、それがすごく印象に残っていて、それからそういうスタンスがすごく信用できたんです。そこで結構、ズバッと何か言われなかったことが結構。何かそのスタッフになりたいなと漠然と思いましたし。ありがたいですね。
行定:僕は、観客とかともそういう関係でいたいんですよね。今日はこういうミニマムに人がいるから、こういうときって人とこう、できている感じがするんですよ。僕が映画を撮っていたころは、そういうことがしょっちゅうだったんですね。「おれが今、本当のぶっちゃけたいことって、これで何が言いたいかなんて、ないわけじゃないんだけど、あるんだけど、それぞれでしょ、そりゃ」っていう。沢尻エリカが、おとといぐらいに「食わず嫌い」に出ていて「いや、別にテーマとかないんで」って言っていたんですね。友達が何か電話をかけてきて、「あれでいいの?」って。「テーマとか聞いていないんじゃないのか」って言ったんだけど、実はすごく聞いてくれていたんです。「テーマとかないんで」、そのあと、テレビって怖いですよね、切られちゃったんです。本当はちゃんと言っているんです。「丁寧に描かれているから共感はすると思うので、たくさんの人に見てほしいです」って言っているのに、そこが切られているの。面白いからそれを切っちゃうの。テレビって怖いですよ。テレビをみんな鵜呑みにしているけど、みんな踊らされているんですからね。だから、テレビを見ない下田さんのほうが信用できるんです。おれも見ないし。おれもそれを知らなかった。おれに「沢尻君がそんなことを言っていましたよ」みたいな、聞かさなきゃいいじゃん。おれは見ていないから知らなかったのに。でも、それ、あのあと聞いてみたら、「それ、切られちゃったんですよ」って。そりゃあ本人も落ち込んでいるだろうから。でも、そんなもんなんですね。でも、そもそも映画の情報もテレビで知られたりもするし、僕らも接点を持ってやっているのは確かなんですけど。本当はここに、50人とかいらっしゃったら、50人分の絵の解釈があったり、映画の解釈があればいいし。でも、何となく形が見えてくる。結局、僕は「この映画はどういう映画ですか」っていうのは、ああ、これは気持ちいい映画だっていう、フィニッシュしてそれを見た僕の感想なんですね。それをテーマということにして言っているだけなんですよ。テーマとか、何となくあるんですよ。大きく言ったら、きっと純愛とかになるわけでしょ。すごく大きく言われてしまうとね。でも、そんなもんです。
下田:僕なんか、絵を描いていて「テーマとか伝えたいことは何ですか」とか、毎回ないですもんね。初めて本を作ったときも、「これのテーマは何ですか」「これで伝えたいことは何ですか」とか、作る前だから、その出版社とかから聞かれた。いくら考えても思い付かないですよね。そんなもんなんですね。
行定:画集を見たら、全部入ってよね。だから、伝えたいこととかじゃないけど、記憶ですね。記録ですね。自分が感動した、この人の視点が全部描かれているんですよ。そこがやっぱり下田さんのいいところであり、全部が生きているんですね。
下田:何かごめんなさい。今日はありがとうございました(笑)(拍手)。
編集・内沼晋太郎
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