Norman Mailer


Hipsters file 10
ノーマン・メイラー
ティモシー・リアリーティモシー・リアリーが、ハーバード大学で教鞭をとっていたという経歴は、良くも悪くもリアリーを紹介する際に必ずついて回るものだ。ハーバードといえばアメリカで最も権威のある高等教育機関であり、歴史的にも最も古いので、どうしてもビートやヒッピーたちの反体制的なイメージと結びつかないのである。
しかしトム・ウルフやT.S.エリオットと同様、バロウズバロウズも最初に入学した大学はハーバードであったし、そして今回紹介するノーマン・メイラーもまた、陸軍に入隊するまでの間ハーバードで学びながら小説を書いた(ちなみにバロウズが入学したのは1932年、メイラーが1939年であるから、時期的には重なっていない)。
ノーマン・メイラーは1923年生まれ、アメリカを代表する作家のひとりである。第二次世界大戦後は進駐軍の一員として千葉県の銚子などに滞在した。その戦中経験に基づいて1948年、ソルボンヌ大学に入る前に書いたのが最も有名な戦争小説、『裸者と死者』である。その後しばらく小説家として活動し、50年代の半ばからはカウンターカルチャーに関するエッセイを書くようになる。『ぼく自身のための広告』に収められている「ホワイト・ニグロ」を中心とするいくつかのエッセイで、「ヒップスター」という概念を定義した人物のひとりとしても知られ、彼が好んで使い分けた「ヒップ」と「スクウェア」という概念は「ヒッピー」という言葉を生んだ。
60年代から70年代にかけて、ノンフィクションを小説的に書く彼らのスタイルは「ニュー・ジャーナリズム」と呼ばれた。トルーマン・カポーティが『冷血』で追求した「ノンフィクション・ノベル」の流れを汲む、メイラーやトム・ウルフ、ハンター・トンプソンなど『ニューヨーカー』や『エスクワイア』などの雑誌に書いていた一連の作家たちである。路上から常に変化をし続けたカウンター・カルチャーを、最もリアルに切り取る手法として、ニュー・ジャーナリズムは時代が要請した、生まれるべくして生まれたスタイルであったと言えるだろう。
80年代に入るとメイラーは、殺人者であり常習的な犯罪者であるジャック・ヘンリー・アボットという人物から手紙を受け取り、その文学的才能を見出す。彼との往復書簡を出版し、仮釈放のための手助けをするも、結局またアボットが殺人事件を犯してしまったことで、多くの批判を浴びた。しかしそれら批判に動じることなく、その後も執筆活動を続ける。今やアメリカの文学、そしてジャーナリズムにおいて最も重要な人物のひとりであることは間違いなく、ノーベル文学賞の候補にも何度かあげられている。
そのメイラーの日本での最新刊は『なぜわれわれは戦争をしているのか』。2003年に出版された本書のタイトルからもわかるとおり、9.11以降をめぐる言説においても今なお最前線で気を吐いている。そしてまさに今月(2007年1月)も、"The Castle in the Forest"という新刊の小説を出版。御年84歳を迎え、まだまだ現役だ。
文:内沼晋太郎


