Gary Snyder


Hipsters file 11
ゲーリー・スナイダー(Gary Snyder)
ノーマン・メイラーノーマン・メイラーが定義した「ヒップスター」は、流行となって陳腐化した「ビートニク」と真の「ビート」とを区別することばであり、ムーブメントの中心的存在だったアレン・ギンズバーグやジャック・ケルアックなどを指した。そして彼らがそれまで人生の重要な局面において出会っていた詩人のひとりに、ゲーリー・スナイダーがいる。
1955年の9月、ギンズバーグは、当時バークレーにいたスナイダーに会いに行き、サンフランシスコの画廊で一緒に朗読会をやろうと誘った。これが有名なシックス・ギャラリーでの朗読会であり、そこでギンズバーグが発表したのが「吠える」であり、ケルアックは客としてそれを観に来ていた。スナイダーはそのころ既にいち早く禅に傾倒しており、彼に出会い影響を受けたケルアックはのちに「ダルマ行者たち」を執筆。そこにはケルアックとスナイダーをモデルとしたと思われる登場人物が、2人で一緒にカリフォルニアの山を登ったり、禅の思想について語り合ったりするシーンが描かれている。
スナイダーは1930年、サンフランシスコ生まれの詩人である。言語学を専攻するためにインディアナ大学大学院に進むがドロップアウト、カリフォルニア大学バークレー校で日本語、中国語を学ぶ。55年にギンズバーグやケルアックと出会った後には、56年から68年まで京都で臨済禅を学び、その後インドにて修行。その後アメリカに帰国してからは、カリフォルニア大学デイヴィス校教授でありながら、環境保護運動に尽力している。近年も「場所の感覚」「場所の文学」をテーマに、いまだ精力的な活動を続けている。
1955年のころには既に、スナイダーは自然と人間の関係についての作品を書いていた。
夏、夜の大気は静まりかえって、岩は
暖かい。空が、永遠につづく山脈の上にかぶさっている。
人間であることに伴う、あらゆるくだらぬことは、
つぎつぎに脱け落ち、堅い岩が、揺れる、
この重たい現在でさえ、いまの心のたぎりには、
とてもかないそうもない。
(ゲイリー・スナイダー「パイユート・クリーク」『スナイダー詩集』(思潮社)所収)
19世紀半ば、『森の生活』を書いたヘンリー・デビッド・ソローの「ネイチャー・ライティング」の系譜に位置し、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』の出版が1962年、環境問題がアメリカ全土に浸透したのは70年代に入ってからであるから、その先見性が伺える。それから50年たった今も、人間は自然との関係を改善することができているとは思えない。老詩人のことばは、いまも現役である。
文・内沼晋太郎


