Candle JUNE EHIBITION "Skull Hikall"


キャンドルの歴史はとても長く、紀元前の遺跡からもその存在が確認されているほどだ。もちろん長い間実用的な照明器具でもあったわけだが、単に個人の記憶をたどってみても、仏事であれキリスト教の祭儀であれ、あるいは「100万人のキャンドルナイト」といったイベントであれ、何らかの儀式的なものによく使われていることに気づく。これだけ宗派を超えた様々な儀式に、静かで神聖な、祈りのイメージを共通して与えているものは、まず他にないだろう。それだけでもその歴史の長さと、存在の普遍性がどれほどかを感じることができる。
[ 9 25, 2008 ] 2008.09.25.08.03.33 138668


1968年。20世紀で最も有名な年といっても過言ではない。世界各地で同時多発的に起こった革命への息吹、カウンター・カルチャーのひとつの成熟――経験した世代には色濃い記憶として、経験していない世代には歴史の転換点として、今なおその余波が長く続いている。
THCでは昨年、「MAI68」という展覧会を開催した。いわゆる「パリ五月革命」を題材とし、THCからリリースされたDVD、ウィリアム・クライン『革命の夜、いつもの朝』の先行試写を兼ねて行われた。当時のパリを撮った写真のほか、THC店内に今も飾られている「ATELIER POPULAIRE(人民の工房)」によるアジテーション・ポスターなどが展示された。
そして今回、2008年6月29日から7月21日まで開催された「68」は、ところ変わってアメリカはシカゴが題材である。特にパンク・ロックの先駆として、イギー・ポップ率いるステゥージズと並び紹介される伝説のバンドMC5と、その論理的方向性を示唆しマネージャー的役割を果たしたジョン・シンクレアを通して、その時代をまた違った角度から浮き彫りにすることを目的に開催された。
[ 8 28, 2008 ] 2008.08.28.17.31.00 1342JOY DIVISION 〜I Remember Nothing〜


関連の映画が2本続けて公開され、再評価の流れが高まったジョイ・ディヴィジョン。特に『CONTROL』は、U2やデヴィッド・ボウイ、ビョークなど多くのロックミュージシャンを撮影しているフォトグラファー、アントン・コービンによる初めての監督作品であることもあり、随分と話題になった。全編モノクローム、イアン・カーティスの妻デボラ・カーティスによる原作で撮られた本作は、まるで本当に当時のもののように観る者の心に迫ってくる。
[ 6 26, 2008 ] 2008.06.26.01.00.00 1316BREAK THROUGH IN GREY ROOM


顔の部分だけが、スカルとなった人々。そこには、もう二度とこの世には戻ってこないけれど、その影響が今なお色濃く、そして永遠に残るであろう人物が描かれている。「DEAD MAN SERIES」は、小松孝志氏が自身のブランドBIASを立ち上げた当初から、根底に流れるテーマである「生と死と時間」を最も純粋に反映したシリーズとして一貫して制作を続けているもので、5月1日から18日まで開催された本展では、その「DEAD MAN SERIES」に焦点を当て、ブランドとしては初めて、作品のエキシビションという形式で発表した。
階段には、キャンドルと交互に、赤く塗られた手袋の中指にガラス管が入っていて、そこに花が挿してある。そして階段を上がりきると、イーゼルの上に立てられたフレームに『BREAK THROUGH IN GREY ROOM』の文字、そしてBIASのアイコンでありストーリーテラーとしての役割を担う、スカル・ダルメシアンが出迎える。
会場に入ると、今回のメインである「DEAD MAN SERIES」のデッサンが並ぶ。まず左から映画『2001年宇宙の旅』などの監督として知られるスタンリー・キューブリックをモチーフとした「KUBRICK」、相対性理論の基礎を築き上げたアルバート・アインシュタインの「EINSTEIN」、ビート・ジェネレーションを代表する詩人アレン・ギンズバーグの「GINSBERG」が並ぶ。
山本精一『画展』


想い出波止場、羅針盤、赤武士、PARAなど多くのユニットを率い、かつBOREDOMS、ROVO、MOST、YA-TO-Iなど主にギタリストとして数多くのプロジェクトに参加しているミュージシャン、山本精一氏。いわゆる「うたもの」からアヴァンギャルドなノイズ・ミュージックまで守備範囲も幅広く、そしてそれぞれでの職人的なプレイも高く評価されており、いま日本で最も優れたギタリストの一人であることは先ず誰も疑わないだろう。
anarchy mackintosh

2007年で3回目を迎えたデザインイベント、Design Tide。デザインインテリア、プロダクト、グラフィック、ファッション、アートなど様々な分野のつくり手が自身の作品を発表する場であり、毎回異なるメイン会場を据え、青山・原宿・渋谷・六本木・丸の内エリアのギャラリーやカフェ、アパレルショップなど様々なスペースでエキシビションを行う一大イベントだ。
ここT.H.C.のフリースペースも、オープン以来毎回Design Tideに参加している。オープン後間もない2005年は、小町渉氏によるエキシビション「HAVE A NICE DAY!」が、その年のDesign Tideのアドバイザリーボードによって選ばれる最高の賞である「BEST TOKYO DESIGN」を受賞。2006年は、バイクのカスタムビルダーである木村信也氏による「HIPSTER'S JOURNEY ―from TOKYO to LA―」で参加し、メイン会場から程近いこのスペースが多くの人々で賑わった。
[ 3 12, 2008 ] 2008.03.12.19.49.11 1243EL SUEÑO DEL CHE ,NUESTRO SUEÑO

作家・戸井十月氏によって計4回行われた「トーキョー・ヒップスターズ・スクール チェ・ゲバラという名の希望」。カストロとゲバラが率いるゲリラ部隊がバティスタを国外追放に追い込んで数年の、活気あふれるキューバを撮った近藤彰利氏の「60年代のキューバ」写真展。そして同じく戸井氏の南米大陸走破のドキュメント『遥かなるゲバラの大地』の出版を記念した同名の展覧会。
Masakatsu Shimoda Exhibition『FACES』


下田昌克氏のアーティストとしての人生は、働いていた会社を辞め、放浪の旅に出た26歳のときにはじまる。1994年から中国、チベット、ネパール、インド、ヨーロッパと回ったその旅の途中で、下田氏は本格的に絵を描き始め、そのまま「絵描き」となる。本展はその放浪するアーティストのこれまでの活動をまとめた、初の大規模な個展である。
若木信吾写真展『PORTRAITS』


「最初は『PORTRAITS』っていうタイトルにしようと思ったんだけど、何か違うと思って」。若木信吾氏のこの写真展および同時発売の写真集のタイトルとして、「PORTRAITS=肖像」に付け加えられた「TIME=時間」という言葉。その人の肖像そのもの自体に加えて、ある必然と偶然のもとその人の写真を撮ることになったその瞬間、その場所に流れていた「時間」と、その写真が撮られてからこうして観られるまでに流れている「時間」とに、自然と観る人間の意識がいく。そしてもちろん、写真とは本来そういうものだ。
戸井 十月 南米大陸一周展

赤いバイクが、会場の中央に置かれている。展覧会のDMに使われている写真に写っていたのと、同じものだ。快晴の空と、遠くに聳え立つ山々。巨大な手の形をした石像と、この赤いバイク、そしてその間に佇むライダー。印象的なこの写真に、小さく写っているこのライダーこそが、作家・戸井十月氏である。
[ 7 19, 2007 ]
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Recollections in the blanket

幼少時の記憶、というとき、夜中ひとりで目が覚めた時の心細さや、一人でトイレに行くまでの道のりの薄気味悪さなどが思い出される人は、かなりの数いるのではないだろうか。天井のしみがおばけのように動き出しそうに見えたり、何気なく置いてある布の向こうに何かがいるような気がしたり――そんな妄想に一度とりつかれると、それらはなかなか頭から離れなかった。
[ 5 24, 2007 ]
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近藤彰利「60年代のキューバ」写真展


キューバという国のことを、あなたは知っているだろうか。大きさは日本の本州の半分ほどで、通称は「カリブに浮かぶ赤い島」。南北アメリカ大陸の中間に位置し、そのアメリカ大陸とヨーロッパの間に挟まれていながら、社会主義共和国として(これが「赤い」と言われる所以だ)独自の発展を遂げている島国である。
キューバは1492年、クリストファー・コロンブスの第一次航海で「発見」され、長い間スペインの植民地として、砂糖産業と奴隷産業が盛んな島であった。19世紀半ばには世界最大の砂糖生産地となり、葉巻の製造でも有名になるが、その過酷な労働条件から独立闘争が起こり、米国の介入によって1902年、スペインからの独立を勝ち取る。しかしそれは実質的にアメリカの支配下となっただけであった。アメリカの企業が次々と参入し、キューバの富を独占的に支配していった。
そうして不安定な政治・経済状況は続き、1952年、バティスタがクーデターで政権を奪取、憲法を停止した上で独裁政治を開始した。これによりアメリカのキューバ支配は頂点に達し、バティスタ政権・アメリカ政府・アメリカ資本の企業・マフィアの4者がキューバの富を独占するような社会構造が形成された。その独裁政治に勝利し、バティスタを国外追放に追い込んたのが、カストロとゲバラが率いるゲリラ部隊だったというわけだ。1959年の出来事である。
MAI68展


T.H.C.の壁にはオープン当初から、'ATELIER POPULAIRE'(人民の工房)によるスローガン・ポスターが飾ってある。彼らは1968年5月当時、美術学校を占拠し、デザインから印刷までをそこで行い、一日に何千枚ものポスターをパリの街中にばら撒いていった。
PHOTOGRAPHIC SESSION

「残念ながら、TOKYO HIPSTERS CLUBは、誰にでも似合う便利なファッションではない」――T.H.C.の"MANIFESTO""MANIFESTO"は、このような一見突き放したような一文ではじまる。そして、このように終わる。「どう着こなすかではなく、どう生きるか、である。服はいつも、人の生き方に従い、ついてくるだろう」。
その定義を検証すべく、ふたりのカメラマンが挑んだのが本展だ。ひとりはT.H.C.のクリエイティブ・ディレクターでもある、藤本真樹。もうひとりは、新進気鋭の写真家、森本勝英。T.H.C.が東京のヒップスターだと考える16名をモデルに迎え、7月の長雨の中、その肖像をカメラに収めた。
HIPSTER'S JOURNEY -from TOKYO to LA-


T.H.C.がオープンしてちょうど1年ほどになるが、オープンの日からしばらくの間、出入口付近に飾られていた木村氏のバイクは、ショップのシンボルのひとつになっていたといっても過言ではない。このバイクを観るためにわざわざ遠方から訪れる方もいたほどで、その圧倒的な存在感で、フロアの隅にあってもなお静かに強く主張していた。
Outside of society


ルーツをたどることで、理解が深まる。たとえば、いまや世界的な商業的成功をおさめ、ここ日本でも国内のバンドに引けをとらない人気を誇るロックバンドU2も、デビュー前はニューヨーク・パンクの最重要バンド、テレヴィジョンのコピーバンドからスタートしている。
BRIAN truth UK
BRIAN truth UK~ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男~
あなたがローリング・ストーンズのファンではなかったら、ビートルズといえばジョン・レノンやポール・マッカートニーであるように、ストーンズといえばミック・ジャガーやキース・リチャーズ、と答えるかもしれない。ブライアン・ジョーンズという男のことも、名前に聞き覚えくらいはあるだろうけれど、特にここ日本での知名度はそれほど高くない。ストーンズを発足させて初期の音楽性を形作ったリーダーであり、60年代を象徴する天才プレイヤーであり、謎の死を遂げて文字通り「ストーンズから消えた男」であるということを、どれだけの人が知って、あるいは憶えているだろうか。
'Rock Is Our Life' Film Concert

'Rock Is Our Life' Film Concert
THCは2005年9月30日にオープンしたが、そのオープンの2週間前、トム・ディクソンによる建築が完成した直後、オープンを記念したオープニング・ロック・コンサート[ROCK IS OUR LIFE]が開催された。そのときに収められた映像の上映と写真の展示を行ったのが、この'Rock Is Our Life' Film Concertである。
POETRY READING FOR THE MEMORY OF ALLEN GINSBERG
アレン・ギンズバーグ展 / 朗読会:ギンズバーグの想い出に

アレン・ギンズバーグアレン・ギンズバーグは、ビート・ジェネレーションを代表する詩人であり、カウンター・カルチャーのルーツを作った、THCのコンセプトの中核にいる人物のひとりである。THCがオープンして約半年経った3月10日、アレン・ギンズバーグ展は、THCの主催によって満を持して開催された。
[ 6 28, 2006 ] 2006.06.28.14.09.53 262BOB MARLEY Icon
BOB MARLEY Icon PHOTO EXHIBITION by DENNIS MORRIS

「俺が今まで歌ってきたのは、全て解放の歌だ。この自由の歌を、一緒に歌ってくれないか?なぜなら、俺が歌ってきたのは、全て救いの歌なんだ。救いの歌だけなんだ。」
これは、ボブ・マーリーの生前、最後に発表されたアルバム「アップライジング」のラスト・ナンバー、「リデンプション・ソング」の一節である。
ボブ・マーリー没後25周年に当たる今年、未だ止む事ない彼へのリスペクトと追悼の念から発足した「BOB MARLEY Icon PROJECT」の一環として、この写真展は開催された。ボブ自身は言うに及ばないが、これらは全て、写真家 デニス・モリスという存在があってこそ実現し得たものであるという事を、ここで一言言っておきたい。
[ 5 30, 2006 ] 2006.05.30.18.53.41 263TOKYO HIPSTERS SCHOOL
TOKYO HIPSTERS SCHOOL / A series of Lectures on Che Guevara by Jugatsu Toi
トーキョー・ヒップスターズ・スクール / 戸井十月の裏原塾 Vol.1 連続講座「チェ・ゲバラという名の希望」

THCの1階中央にある柱には、赤い背景の、一枚の肖像画が飾ってある。特にこの原宿界隈を歩く人々にとって、その肖像がチェ・ゲバラという人物であることを言い当てることは、さほど難しいことではない。ゲバラをプリントしたTシャツがこの街に溢れたのも、彼のバイクでの旅を描いた「モーターサイクル・ダイアリーズ」が映画化されたのも、つい数年前のことだからだ。だからTHCを訪れる人々の中には、いつしかファッション・アイコンとなってしまったこのゲバラの肖像画を見て「今さらゲバラ?」などと口にしてしまう人が少なからず存在する。しかし、彼らはゲバラについて、どれだけのことを知っているだろうか。ゲバラが一時の流行として消費されるような人物ではなく、永遠に語り継がれ、その生涯について考えるべき人物なのだということ。その知名度と比較すると、そのことは恐ろしいほど知られていないのではないか。
[ 3 27, 2006 ] 2006.03.27.12.50.34 264

