Masakatsu Shimoda Exhibition『FACES』


下田昌克氏のアーティストとしての人生は、働いていた会社を辞め、放浪の旅に出た26歳のときにはじまる。1994年から中国、チベット、ネパール、インド、ヨーロッパと回ったその旅の途中で、下田氏は本格的に絵を描き始め、そのまま「絵描き」となる。本展はその放浪するアーティストのこれまでの活動をまとめた、初の大規模な個展である。
会場に入るなり、とにかく顔、顔、顔。初期の作品から大まかな時間軸に沿って並べられた、旅の途中で出会った無名の人々が、壁一面で実にさまざまな表情をしている。ほとんどすべての人は、まっすぐにこちらを見ている。特に力強く笑っているわけでも、悲しそうな顔をしているわけでもなく、ただそのままの、その場所でいつも見せているであろう表情で、こちらを見つめていたり、すこしだけ、どこか遠くを見ているようだったりする。
下田氏が描く顔にはいつも、カラフルな線が自由におどっている。赤も青も黄も緑もすべて、ぼくらの皮膚の上にはどう考えても存在しないような色同士が、その顔の上でまるで絵の具のように混ざり合うことで、力強くあばれながらも不思議と調和して、独特のリアリティをもつ。そうして必ずそういうふうに、こちらを見ている。初期のものと最新のものとを見比べるとそのタッチには明らかな変遷が見て取れるが、しかしその、旅先で偶然に出会うことができた相手を見つめる優しい視線は、ずっと一貫しているように感じられる。
また下田氏には、写真のコラージュによる作品も多くある。少しずつずらして撮影された複数の写真を自由につなげて、そこに広がりのあるひとつの風景を生み出す。当然一枚ずつの写真にはシャッターが切られた時間のズレがあり、また、つなげられたそれぞれの写真の境目に生まれる空間の歪みもあるので、その風景は実際に存在した風景ではない。下田氏はそのコラージュによって、最もその場所が伝わるような、その場所らしい風景を生み出していくのだという。

最初の3年間の長旅のスケッチブックをまとめた本『PRIVATE WORLD』(山と渓谷社)から5年、バリ島の旅をまとめた2冊目の旅の本『バナナの蜜』(講談社)が、展覧会と時期を同じくして刊行された。またT.H.C.ではそれらの書籍に加え、下田氏オリジナルの首飾りのイラストが描かれたTシャツと、一冊ずつ手書きでペイントを施したオリジナルのMAKOOのリユースのノートを販売した。
ここ数年で彼の作品は少しずつ人々に知られるようになり、本展も実にたくさんの人で賑わった。下田氏本人も頻繁に会場に訪れ、来訪する人々との会話を楽しんでいた。展覧会が終わった今も、彼は様々な依頼を受けながら旅を続けている。会場の外の廊下には、彼が旅先で出会った人の顔を描いている姿がスライドショーで映し出されていた。描く側も描かれる側も、生き生きとした表情だ。彼はいまもそれぞれの旅先で同じように、偶然出会った人々との出会いを楽しんでいるのだろう。

なお、会期中には映画監督の行定勲氏を相手役に迎えたトークショーも行われた。下田氏の絵に惚れ込んだ行定氏は、その最新監督作『クローズド・ノート』の劇中に、主役の一人であるイラストレーター石飛リュウ(伊勢谷友介)の描く絵に下田氏の絵を採用。行定氏の似顔絵を描きながらゆるやかに開始したトークショーは、下田氏のそのおおらかなパーソナリティに迫る素晴らしい一夜となった。
Masakatsu Shimoda Exhibition『FACES』 Exhibition Page ->
文・内沼晋太郎


