近藤彰利「60年代のキューバ」写真展


キューバという国のことを、あなたは知っているだろうか。大きさは日本の本州の半分ほどで、通称は「カリブに浮かぶ赤い島」。南北アメリカ大陸の中間に位置し、そのアメリカ大陸とヨーロッパの間に挟まれていながら、社会主義共和国として(これが「赤い」と言われる所以だ)独自の発展を遂げている島国である。
キューバは1492年、クリストファー・コロンブスの第一次航海で「発見」され、長い間スペインの植民地として、砂糖産業と奴隷産業が盛んな島であった。19世紀半ばには世界最大の砂糖生産地となり、葉巻の製造でも有名になるが、その過酷な労働条件から独立闘争が起こり、米国の介入によって1902年、スペインからの独立を勝ち取る。しかしそれは実質的にアメリカの支配下となっただけであった。アメリカの企業が次々と参入し、キューバの富を独占的に支配していった。
そうして不安定な政治・経済状況は続き、1952年、バティスタがクーデターで政権を奪取、憲法を停止した上で独裁政治を開始した。これによりアメリカのキューバ支配は頂点に達し、バティスタ政権・アメリカ政府・アメリカ資本の企業・マフィアの4者がキューバの富を独占するような社会構造が形成された。その独裁政治に勝利し、バティスタを国外追放に追い込んたのが、カストロとゲバラが率いるゲリラ部隊だったというわけだ。1959年の出来事である。

それから4年後の1963年。キューバに渡り、キューバに住む人々と一ヶ月あまりの間生活を共にし、写真を撮った日本人カメラマンがいた。そのカメラマンこそが、若き日の近藤彰利氏である。いまこの日本でキューバといえば、ゲバラやカストロといった人物に代表される革命のイメージか、あるいは一連のブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブブームに乗ったラテン音楽のイメージが強いだろう。今回の写真展はそれらのイメージとは一線を画した、この島国の新たな一面を伝えるために開かれた。近藤氏の写真は、これまであまり多くの人に知られることのなかった、革命直後のキューバに生活する人々のリアルな姿を、鮮やかに映し出している。
革命を経て、医療と教育はすべて無料になった。勉強する子供たち。美しい目で楽しそうに笑う。新しい国の建設に燃える若者たち、集会やデモ行進で主張する労働者たち。表情は真剣だ。数百年の歴史を経てなお、主要な産業は砂糖と煙草である。そして、生き生きとサトウキビを運ぶ人々の中でも、街角で民兵や交通巡査として立っている人々の中でも、目立つのは女性の姿だ。女性が生き生きと働くことができる社会が、訪れているようにみえる。そして、カストロと、ゲバラ。カメラを向く目線だけでも、ゲバラのカリスマ性が伺える。ゲバラだけがこちらを見つめるその写真は、Tシャツにプリントされ会場にディスプレイされていた。
会期2日目の夜、作家の戸井十月氏が相手役となり、トークショーが行われた。会場からあふれ出すほどのたくさんの人々に囲まれ、壁の写真を参照しながら当時のキューバの姿を語る近藤氏の言葉からは、ぼくらがキューバのことを何も知らなかったことが気づかされる。いや、それはキューバのことに限らない。ぼくらは常々知識としてこの世界のことを知り、ついそれで分かったようなつもりになって話をしていないだろうか。彼が当時キューバで実際に目にし、写真におさめてきたものは、ほかのどんな日本人も見ることができなかった特別な世界であると同時に、とても当たり前の日常生活が営まれるふつうの世界でもあった。これこそがひとつの、60年代のキューバなのだ。まずは自分の目の前の世界を、きちんと見つめようとすること。ぼくらが世界について考えようとするとき、まずはそこからはじめなければならないということを、写真は教えてくれた。
文:内沼晋太郎
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