若木信吾写真展『PORTRAITS』


「最初は『PORTRAITS』っていうタイトルにしようと思ったんだけど、何か違うと思って」。若木信吾氏のこの写真展および同時発売の写真集のタイトルとして、「PORTRAITS=肖像」に付け加えられた「TIME=時間」という言葉。その人の肖像そのもの自体に加えて、ある必然と偶然のもとその人の写真を撮ることになったその瞬間、その場所に流れていた「時間」と、その写真が撮られてからこうして観られるまでに流れている「時間」とに、自然と観る人間の意識がいく。そしてもちろん、写真とは本来そういうものだ。
階段をのぼっていく左側には、今年亡くなったばかりのフランス現代思想の大家ジャン・ボードリヤールや、赤い壁を背景にオレンジのスウェットを来たアーティストの横尾忠則、打ちっぱなしのコンクリートが特徴的な自身の建築を背後にこちらに視線を向ける安藤忠雄などが並ぶ。そうして階段を上りきると、ミニマル・ミュージックの巨匠テリー・ライリーが優しい笑顔で迎える。

部屋に入ると一番最初に世界的に有名なダンサー/コリオグラファー、ピナ・バウシュがモノクロの画面のなか、片手に煙草、片手に灰皿を持ってこちらを見ている。そうして内側をよく見渡してみると、四角いギャラリーの向かい合う壁面にはすべてモノクロの写真が並び、垂直に交わる両壁面にはカラーの写真だけが並んでいることに気づく。10年と少し前に撮影された写真家の杉本博司は、さらに巨匠となってしまった今よりも少し若く感じる。今年で101歳を迎える大野一雄は、撮影された2000年当時よりもまた少し年老いているのだろうか。
次の壁、正面側にはカラーの写真が並ぶ。写真家ウォルフガング・ティルマンスは、おそらく東京オペラシティで行われた大規模な展覧会「Freischwimmer」が行われたときのものだろう。隣には日本でも六本木ヒルズのロゴなどで有名なグラフィックデザイナー、ジョナサン・バーンブルック。ジム・オルークやジョン・マッケンタイアなどの世界的なミュージシャンに混じって、歌舞伎役者の市川團十郎の姿がひときわ存在感を放つ。
年季の入った畳の部屋に立つ格闘家、宇野薫から、またモノクロの写真が並ぶ。圧倒的な存在感を放つのは、眉間に少ししわを寄せて物憂げな目でこちらを見ている写真家ラリー・クラークと、サングラスをして片手を挙げ、小脇にカメラを抱えた映像作家ジョナス・メカス。

もうひとつの壁には、丸眼鏡で恥ずかしそうに俯いて笑う写真家サラ・ムーン。自身の作品のように独特の存在感を放っている。そして写真集の表紙にもなっているアーティストのローレンス・ウィナー。奈良美智や市川海老蔵など日本人の姿もある。特に市川海老蔵の、食事中のラフな姿は貴重だ。
外に出ると目の前に、パタゴニアの創設者であるイヴォン・シュイナード。クライマーでありサーファーでもあった彼の笑顔にはやはり、自然に向き合う逞しさが感じられる。廊下の壁にはリラックスした坂本龍一にはじまり、『パープル』のエレン・フライス、日本でも人気の高い写真家アリ・マルコポロス、そしてソフィ・カル、柳宗理と並ぶ。
すべての写真はまったく違う条件で撮られているため、言ってしまえばバラバラだ。そこには雑誌とか広告といったコマーシャルな存在と写真との間にある様々な問題も含まれている。しかしそれをひとつの写真展、写真集という形でこうして再編集することで、それぞれに刻まれた「時間」が浮き彫りになる。そしてさらに観る人間それぞれの対象への思い入れが作用することで、そこにまた無数の記憶/記録が刻まれていくのである。
なお、写真展の最終日には若木信吾氏本人と、長年の交流のある編集者後藤繁雄氏とによる対談形式のトークショーが行われ、廊下に溢れるほどの聴衆で賑わった。
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文・内沼晋太郎


